慢性腎臓病(CKD)について③〜治療編〜
今回の内容
- IRIS CKDガイドラインについて
- ステージ1の治療法
- ステージ2の治療法
- ステージ3の治療法
- ステージ4の治療法
- 原因疾患の治療について
- まとめ
IRIS CKDガイドラインについて
慢性腎臓病の治療に関してはIRIS(国際獣医腎臓病研究グループ)が概要を紹介(原文はこちら)しており、ステージ別の治療推奨が報告されています。これらはあくまで推奨されている治療であり各々の状態や基礎疾患などによっても異なるため注意が必要です。現在日本語ではIDEXXという検査会社がチャート表(こちら)を公開してくれており日本獣医泌尿器学会のHPではステージ別の治療法が記載(2016年更新)されています。これらは日々アップデートされており去年記載があった事項が変更される(カルシトリオールに関する記載の削除)など日々更新していくことが大切です。これらを覚える必要はありませんが常に同じ治療をしていれば良いという訳ではなく状況に応じた変更が必要なことを示しています。
ステージ1の治療法
ステージ1では残っている腎機能は100-33%と言われており非常に幅があります。そもそも血液検査で数値の上昇は75%程度失われないと明確に上昇しないと言われています。そのため早期発見は定期的な検査によってその推移を見ていくことが重要となります。ステージ1で推奨されている治療は以下のようになります。
- 全ての腎毒性薬剤の投与中止
- 腎前性及び腎後性異常の確認および治療
- 腎盂腎炎など治療及び腎結石の管理
- 脱水の予防
腎臓に毒性がある薬剤としては抗菌薬や痛み止め(NSAIDs)、造影剤などが含まれます。これらの薬剤を全て投与しない方が良いという訳ではなく脱水などに気をつけて投与(皮下点滴をしたりウェットフードで調整するなど)することを推奨しています。またステージが進むにつれて用量を減らすなどで投与することもできるため過剰に心配することはありません。
腎前性及び腎後性の異常に関しては心疾患や感染症、尿路閉塞(おしっこが詰まる病気)、膵炎などの全身性の炎症反応があります。これらにより全身の循環が低下すると急速に腎機能が低下するため、慢性腎臓病の際には普段からの体調管理及び早期治療が重要となります。
慢性腎臓病では尿の濃縮能力が低下していることが多いため脱水が生じやすくなります。脱水が起こると食欲低下を招き、またそのことにより脱水が悪化する悪循環に陥りやすいことから早めの対策が必要となります。しかし一般的に飲水量を増やそうとしても人のように能動的に飲むことはないため、給水場を増やしたりウェットフードを加えるなどといった工夫をしていきます。この際にウェットフードによる歯周病の悪化が懸念されるためできる限り歯のケアを行うようにしてあげてください。
ステージ2の治療法
このステージに達すると残存する腎機能は33%以下となります。
- ステージ1の治療は継続
- 腎臓の処方食の検討
ここで注意すべき点としては処方食は万能ではないということです。処方食は蛋白の含有量を減らしてリンの上昇を抑制する目的で与えますが、初期の段階で蛋白制限を行うと筋肉量の低下が起こり予後に影響が出ることがわかっています。このため慢性腎臓病と診断されたからといって処方食をご自身での判断で購入されるのは危険です。また猫において低リン食による特発性高カルシウム血症を発症することが報告されている(P J Barberら,1999)ためリンの上昇やFGF−23といったマーカーの上昇を確認する必要があります。食事によるリンの改善が乏しい場合にはリンの吸着剤を使用します。当院ではリンの上昇が確認された場合に限って塩化第二鉄が主成分の吸着剤を処方し定期的な血液検査で過度の減少が起こっていないかを確認していきます。(副反応予防のため)
ステージ3の治療法
ステージ3では腎臓の残存機能は25-10%と言われています。ここでは以下のポイントがあります。
- ステージ2までの治療は継続
- 尿毒症に対する治療を開始
尿毒症とは腎臓で本来排泄されるべき毒素が体内に溜まることで様々な症状を発現することを指します。尿毒症によって食欲不振や嘔吐といった症状が出てくるため生活の質(QOL)の低下を招きます。人では疲れやすい、息切れがする、浮腫むといった症状が出ますが動物ではよく寝ていると言われることが増えてきます。食欲不振や嘔吐に関しては内服や点滴内に薬剤を入れることで対策していきます。尿毒素の軽減方法として有名なのが透析治療となりますが、非常に高価である(月50−100万程度と言われています)ことと施設が限られていることから一般的には実施されません。そのため整腸剤や尿毒素の吸着剤などで腸内の毒素を吸着することがされます。ただし食欲がない犬や猫で大量の内服は服用できないことから優先順位をつけて投与することが必要かと考えています。
ステージ4の治療法
このステージは末期腎不全とされ改善を目的にするのではなく状態の維持や安定化を目指していくことになります。
- ステージ3までの治療を継続
- 腎性貧血の管理
- 代謝性アシドーシスの治療
- 栄養・水和状態の管理
このステージになると腎臓の機能は10%以下となり腎性貧血や代謝性アシドーシス(尿毒症や低カリウム血症など)の悪化が進行していきます。これに対しては造血刺激因子製剤(ダルベポエチンなど)やK(カリウム)製剤の経口投与を行なっていきます。
また食欲の低下が顕著となるため流動食の投与や点滴での水分補給が主になり自発的な食事や飲水が困難になっていきます。症状が進行には個体差があるため全ての子が同様の経過をたどる訳ではありませんが、尿毒症による神経症状や嘔吐・下痢などの消化器症状、口内炎(潰瘍)などによる疼痛が生じてくることもあります。このため安楽死などを選択されるケースもありますが、各々の状況に応じた対応が必要と考えられます。こういった経過を事前に確認・理解することは病気と向き合う上で非常に重要なことです。
原因疾患の治療について
原因疾患に関しては診断編で解説してきましたが、ここでは各々の治療方法について概略を説明していきます。慢性腎臓病の原因疾患としては
- 糸球体疾患
- 先天性腎疾患
- 腎盂腎炎
- 閉塞性腎症(腎結石など)
- 多発性嚢胞腎
などが挙げられます。
糸球体疾患は一般的に蛋白尿の治療となり尿検査により尿中蛋白があるかを確認します。この際にUPC(尿タンパク・クレアチニン比)という項目を使用して治療の開始・効果・経過を確認していきます。また糸球体疾患が存在すると高血圧を合併していることがあります。高血圧が進行すると腎臓のみに限らず眼・脳・心臓に負担がかかり全身状態の悪化につながるため治療が必要となります。
先天的な腎疾患においてはリンやカルシウムの異常が早期から発生しやすいことが挙げられます。また若齢での進行も考えられることから定期的な検診が重要となります。
腎盂腎炎は急性と慢性があり一般的に抗菌薬の治療を主体に行なっていきます。進行すると腎臓において不可逆的な変化を起こし数値の改善が困難となる可能性があるためできる限り早めに対処する必要があります。炎症が顕著である場合には入院による治療を行うこともあります。
閉塞性腎症は腎結石に伴う水腎症や尿道閉塞に伴うものがあります。水腎症において緊急性が高い場合には外科手術が可能な施設への紹介を行うこともあります。予防策としては尿路結石用食を中止する、飲水量を増やすなどの方法がありますが、腎結石に対する根本的な治療法は現時点で存在しません。
その他にも膵炎などによる全身の循環状態が悪化すると慢性腎臓病が急速に進行することがあります。このため基礎疾患がある場合には早めに治療を開始し安定化させることが重要です。
まとめ
今回は慢性腎臓病コラム最終の治療編について解説してきました。慢性腎臓病はステージが進むにつれ状態の悪化などが顕在化し、本人だけでなく家族の方も肉体的・精神的に辛い病気の一つです。解説してきた検査・治療を全てすれば良いという訳ではなく、経過は長期にわたることが多いため各々の子にあった治療法を選択していくことで病気と付き合っていくことが大切です。また若いうちから定期的に健康診断などで経過を観察し、症状が疑われた際には早めに検査・治療を行うことで進行を遅らせることが重要となります。
院長 中谷
参考文献
- CLINIC NOTE No.218
- 犬と猫の慢性腎臓病の治療(https://javnu.jp/guideline/iris_2016/)
- IRIS CKDガイドライン(https://www.idexx.co.jp/files/iris-pocket-guide-jp.pdf)
- IRISによるイヌとネコの慢性腎臓病の治療に関するガイドライン2023年度版の変更点(https://arkraythinkanimal.com/2023/07/31/mf3/)
- 伴侶動物治療指針 vol.7,P:113-119