猫の乳腺腫瘍 ― 診断から治療、補助療法の可能性まで
猫の乳腺腫瘍について
猫の乳腺腫瘍は、猫で発生する腫瘍の中でも悪性度が高く、早期発見・早期治療が非常に重要な疾患です。
今回、日本獣医がん学会での秋吉亮人先生の講演内容をもとに、現在の知見を整理しながら、猫乳腺腫瘍の診断・治療・予後について解説します。
猫の乳腺腫瘍とは?
猫の乳腺腫瘍は、
- 85〜95%が悪性
- 肺やリンパ節へ転移しやすい
- 腫瘍サイズが予後に大きく関係する
という特徴があります。
また性ホルモンとの関連が強く、若齢時の避妊手術によって発生リスクを大きく下げることができます。
避妊時期と乳腺腫瘍発生率
| 避妊時期 | 発生率 |
|---|---|
| 6か月齢以内 | 約9% |
| 7〜12か月齢 | 約14% |
| 13〜24か月齢 | 約89% |
| 25か月齢以降 | 不明 |
避妊していない猫は、避妊済み猫と比較して乳腺腫瘍発生リスクが大幅に上昇すると報告されています。
猫の乳腺腫瘍の症状
猫のご家族が気付くきっかけとしては
- お腹にしこりがある
- 乳首周囲が腫れている
- 皮膚が赤い
- しこりから出血している
- 傷のように潰瘍化している
などがあります。
猫は被毛が豊富なため、小さな腫瘍は見逃されやすい傾向があります。
定期的にお腹を触る習慣が早期発見につながります。
診断方法
①細胞診検査
まずは針を刺して細胞を採取する細胞診を行います。
ただし猫の乳腺腫瘍では、
- 良悪性の判定
- 浸潤度評価
- リンパ管侵襲評価
には限界があります。そのため最終診断には病理組織検査が必要です。
②ステージング検査
治療方針を決めるために、
T(腫瘍サイズ)
- T1:2cm未満
- T2:2〜3cm
- T3:3cm超
N(リンパ節)
- N0:転移なし
- N1:転移あり
M(遠隔転移)
- M0:転移なし
- M1:転移あり
を評価します。当院では検査として
- 胸部レントゲン
- 腹部超音波検査
- リンパ節評価
などを実施します。
胸部CTが必要な場合は、検査実施可能な施設へのご紹介もさせていただいています。
細胞診検査
最も重要な予後因子は?
猫乳腺腫瘍では「腫瘍サイズ」が最も重要な予後因子のひとつです。
報告によると、
| 腫瘍サイズ | 生存期間 |
|---|---|
| 2cm未満 | 36か月以上 |
| 2〜3cm | 約24か月 |
| 3cm超 | 約6か月 |
とされており、小さいうちに発見できるかどうかが極めて重要です。
治療の第一選択は外科手術

猫乳腺腫瘍では、外科切除が第一選択となります。検討される術式として
- 腫瘤摘出
- 部分乳腺摘出
- 領域乳腺摘出
- 片側乳腺全摘出
- 両側乳腺全摘出
があります。
なぜ広範囲切除が推奨されるのか?
猫の乳腺腫瘍は
- 多発しやすい
- リンパ流が複雑
- 微小病変が残存しやすい
という特徴があります。そのため多くの研究では、切除範囲が広いほど再発率が低く、生存期間が延長する傾向が示されています。
片側全摘と両側全摘の違い
報告では、
| 術式 | 無再発期間(PFS) | 生存期間中央値(MST) |
|---|---|---|
| 片側全摘 | 289日 | 473日 |
| 両側全摘 | 542日 | 1140日 |
とされています。一方で、
- 高齢
- 心疾患
- 腎疾患
- 飼い主様の希望
- 費用面
など現実的な制約もあります。そのためすべての症例で両側全摘が正解というわけではありません。
化学療法は必要?
現在のところ、明確に有効と確立された術後化学療法はありません。
使用される薬剤としては
- ドキソルビシン
- カルボプラチン
- トセラニブ
- メトロノミック療法
などがあります。しかしエビデンスレベルは限定的で、高リスク症例に対して個別に検討されることが一般的です。
高リスク症例とは?
術後病理検査で
- リンパ節転移
- リンパ管侵襲
- 高グレード
- 切除断端陽性
などが確認された場合は、再発リスクが高いと考えられます。このような症例では補助療法の検討が推奨されます。
新しい補助療法の可能性 ― TPG-1(ファイア)
近年注目されているのが、
糖鎖TPG-1(フアイア)を含むサプリメント「アニミューン®︎」です。
現在は研究段階ですが、考えられている作用として
- 腫瘍微小環境(TME)の改善
- マクロファージ活性化
- M2マクロファージからM1マクロファージへの誘導
- NK細胞活性化
- 免疫応答促進
などが報告されています。
腫瘍微小環境(TME)とは?
腫瘍は癌細胞だけではなく、
- マクロファージ
- リンパ球
- 線維芽細胞
- 血管
など様々な細胞が関与しています。
特にM2マクロファージが増加すると
- 腫瘍増殖
- 血管新生
- 転移促進
- 免疫抑制
が進行すると考えられています。
TPG-1はこの環境を改善する可能性が研究されています。
現時点での評価
現状では「標準治療の代わり」ではありません。
しかし、
- 術後補助療法
- 高齢猫
- 積極的な抗がん剤治療が難しい症例
などでは、今後の研究結果が期待される分野です。
現在、全国規模で猫乳腺腫瘍術後症例の臨床データ収集も進められています。
当院の考え方
猫乳腺腫瘍では
- 早期発見
- 適切なステージング
- 十分な切除範囲での手術
- 病理検査による詳細評価
が最も重要です。
補助療法については症例ごとに慎重に判断し、最新の知見をもとにご提案しています。
お腹のしこりや乳腺の腫れが気になる場合は、できるだけ早めにご相談ください。




